その日は朝からずっと大はしゃぎだった。普段は冷たく当たるお父さんとお母さんが、お兄さんやお姉さんや弟達を差し置いておれだけをピクニックに誘うだなんて、そんなのは生まれて初めての経験だった。
 早足で歩いていく二人に、駆け足で付いていくおれ。お母さんの罵倒に涙を流すことも、お父さんの暴力に震えることも、そんな二人を恐れることも無い。少なくとも、そんな過去なんて忘れるくらいには浮かれていた。
 二人は、何も言わないで歩き続ける。光も届かない森の中を、闇の中を、奥へ、奥へ。おれは木の根や絡む草に足を取られながら、血の滲む脚に構わずに走る。
 やがて、二人は森の中でも一段大きな木の前で立ち止まった。その木は、生まれてからどれだけの年数が過ぎたのだろう。根元は腐り落ちて大きな穴が開き、その周りを別の草木が絡んで補っている。ああ、上に目をやればわかる。その葉っぱは他の木よりもずっと弱弱しかったし、もうとっくに死に掛けていた。
 ――ここで待っていなさい。きっと、迎えが来るから。
 おれはバカ正直に、わかった、なんて行って今にもひしゃげそうな根の上に座った。本当は不安で溜まらなかったけど、何せ両親に優しくしてもらったのは今日が初めてだったから。下手に我侭を言って怒らせてその優しさが消えてしまったら、なんて考えた。そんなのは、絶対に嫌だった。
 そうしておれは、どんどんと小さくなっていく背中を見つめていた。それが見えなくなっても、僅かにだけ届いていた陽光すら無くなっても、天からの水が顔と体を濡らしても、消えてしまったお父さんとお母さんを、ずっと見つめていた。
 ……ああ、嫌なことから目を逸らすのは、ガキの時からの悪い癖だったんだな。本当は分かっていたはずなんだ、生まれた時から小さくて、貧弱で、家の仕事も手伝えない役立たずに、どうして目をかける親がいるというのだろう。
 それに二人は言ったじゃないか。迎えに来る、ではない。迎えが来る、と。
 そうしてその日、おれは一度消えて無くなった。捨てられて拠り所を無くした心は、雨と闇に溶けて無くなってしまったんだ。
 
 だから、師匠に拾われたオレが名前も覚えていないのは、当然と言えば当然だろう。
 ――うん、忘れちゃったんなら仕方ないか。じゃー、これからどうしよっか?
 心をさっぱり無くした後だったからその頃の記憶は曖昧だけど、師匠のその言葉は良く覚えている。今思えば、暗澹たる樹海に一人取り残された記憶喪失の少年を前にそんな軽やかな発言はどうなのだろうかという気持ちも無くはないが、それでもオレは、その発言に救われたんだ。軽いけれども強い力を持ったその言葉は、置いてきた心への未練なんて綺麗に拭い去ってくれた。
 ――新しい名前と、心をください。オレは、あなたみたいに強くなりたい。
 オレ自身の返答も、とても良く覚えている。オレは目の前の女性に縋り付きたかった。あの晩、幼い肉の塊を喰らおうとした獣を一撃で倒し、家まで運び看病してくれたこの人に、オレは本当に心酔したのだった。

 その屋敷には、オレと師匠以外は誰もいなかった。部屋はいくつもあったし、道場も寒々しいほどに広かったのに、それを使うのはいつでも二人だけ。
 ――昔は一杯いたんだけど、皆いなくなっちゃったんだよねー。寂しい?
 なんて師匠に尋ねられたけれど、オレは寂しいなんて思うことは一時だって無かった。オレの心を作っているのは、師匠だけだったのだから。
 肉体を鍛える。呼吸を学ぶ。武術を学ぶ。気功を学ぶ。一般常識なんかも、オレは嫌いだったけど、師匠が言うのだから頑張って学んだ。
 痩せこけて貧相な体は、師匠の教えでみるみるうちに逞しくなった。気功の鍛錬も上々だ、何せその頃のオレの心には師匠しかいなかったから、師匠を信じるだけでそれは純粋な力になったのだ。
 そうして変わらぬ日々が過ぎる。春夏秋冬、季節は巡れどその中で営まれる生活は少しも変わらない。師匠は時々どこかに出かけて行ったのだけれど、そんなときでも師匠はオレに宿題を課していったのだから、そりゃあもう朝から晩まで修行の日々だったと思う。師匠は何事も無いような軽々しさでスパルタに教育する人だった。
 辛かったけど、厳しかったけど、楽しかった。短いオレの人生で最も充実した生活。そんな暮らしが終わったのは、余りに唐突だった。出掛けてしまった師匠が、そのまま帰ってこなかったというだけの話。
 オレはその時に限ってだけ、あっさりと現実を受け入れたと思う。いつもなら山程出していく宿題がその日に限って無かったのだから、そりゃおかしいとは思う。でもそれ以上に、オレは知っていた。師匠を見送るときのあの背中は、あの森の中で無くした筈の心が見ていた物と同じだった。
 ああ、また、捨てられたんだな。
 門の前で立ち尽くしながら、そんな言葉だけが頭から離れなかった。
 そうすると、オレはまたオレでは無くなった。なんせ自分の心が文字通りぽっかりと穴を空けてしまったのだから。
 そしてそこに注ぎ込まれるのは、無くしたはずの遠い過去。心が消えてしまっても、体はそれを忘れていなかったのだろうか――
 気づけばオレは走り出していた。とにかく走った。逃げ出した。自分にとっていやなものなど、この体の中から吐き出さなければならなかった。
 かつてオレが守られたように、オレは誰かを守らなければいけなかった。
 かつてオレが救われたように、オレは誰かを救わなければいけなかった。
 そうでなければ、レク・シュエンは閉じ込められてしまうのだ。あの暗くて寒かった森の中に。
 

 

 自分の目から流れる涙の熱さでレクは目を覚ました。
 すでに日は落ちきって、剥き出しの床は月の光を浴びて青く輝いている。どうやら自分はあの塔の中にいるらしい。
 未だ動かない体と頭で、ぼんやりと考える。
 人の為に誰かを助けるなんて、嘘だ。それで助けていたのは”誰か”じゃない、それは自分に他ならない。
 ただオレは、誰かに必要とされたかった。自分の居場所が欲しかった。どこでもいい、どこかに居てもいいんだって、そう実感したかった。
 格好付けて、強さをアピールして、恩を押し付けて。その先にあるのはつまり、薄汚れたエゴイズム。
「ああ、あいつが言ってたのはそういうことなのか……」
 逃げ出すだけでは何も解決しないなんてこと、あの森の中で嫌と言うほど思い知らされたはずなのに。
「情けないな、オレ……」
 本当に、情けない。耳に痛い言葉から逃げ出して暴走して、その結果がこれだ。あのウィキットとかいう薄気味悪い奴に……
「……!」
 途端、頭が覚醒する。そうだ、過去の思い出に浸っている場合じゃない。オレは今、あいつに捕まっているはずなんだ。
 体は依然として動かない。なんとか頭だけを動かして状況を確認する。
 まずその目に映るのは、銀色に輝くいくつもの円弧。
 その弧を描いているのは、あのリドという子供だ。銀に輝いているのは、爪と髪。白くて長いそれらは、月光を浴びてさながら白銀の輝きだ。
 そしてそれが円となるのは、目にも止まらぬ速さであの気味の悪い男を追い詰めているから。リドが攻めたてる爪の動きが、ウィキットが振るう剣を交わす時の髪の動きが、青い光に染まったこの世界に銀の軌跡を作り出す。それは、青い絵の具をぶちまけられたキャンパスに銀色の筆をなぞらせる様。
『視は能ず、幻は叶わず。瞳を破棄し光を破却す――』
 紺青の宙に描かれた魔法陣は橙色の光を放つ。眩しいほどの光の紋様、夜を照らすそれはこの上なく美しく映る。それを行使した人物はリドの後ろに立ち、流れるような速さで詠唱を紡ぐ。
 そうして編まれた『盲目』の魔術は、ウィキットとリドを同時に飲み込んだ。しかし、
「ぐっ……」
 ウィキットの剣捌きが突如として鈍る。一方で、リドの動きは実に軽やかだ。魔術がかけられていることなどおかまいなしで攻勢に出る。
 リドの輝く銀と、ウィキットの鈍る銅。青の中を駆け、線を描き、火花を散らす。ウィキットが身長差に任せて力づくで押し込もうとすれば、即座に後方から飛ぶ魔術に阻まれる。レヴィナスの魔術はリドをも巻き込んで行使されるにも関らず、その効果は一方的にウィキットにだけ及ぶようだ。
「そうか、君達は面白いな! 特に小さな君よ、なんと素敵な体躯をしているのだろう!」
 剣と爪の打ち合う音は、唐突に終わりを迎えた。リドの爪はウィキットの剣に受け止められず、その腹に深々と突き刺さった。
 少年が二人、息を飲む。
 男は一人、その顔に笑みを浮かべた
「だが今は時間が惜しいのだ。非常に、この上なく、それはもう心の底から残念なのだが、どうか悪く思わないでくれたまえ!」
 実に嬉しそうに声を弾ませてそう言うと、
 『Get,Out!!』
 詠唱というには余りに短すぎる言葉が、空間を支配した。
 瞬間、腹部から地に流れるウィキットの血液が、どす黒く染まっていく。それは沸騰し、煙を上げ、消失する。
 その音がまた、なんとも奇妙なのだ。それはまるで誰かが泣き叫ぶかのような悲鳴を上げながら、その血液は揮発していく。
 そうして、垂下する血液が全て無くなった時、そこに残るのは、曇りなく、純粋な、闇だけだ。
 何が起こったのかわからない。そんな風にレクが口を開き、瞬きしたその瞬間。その闇は二人を飲み込んでいた。
 人間があれに飲み込まれたら、一たまりも無いのだ。暗黒と悪意に身も心も食われ、後はそれに同化するのみ。
「――――何!?」
 が、それも束の間のこと。純粋に堕ちるはずだった闇は、純粋に輝く光に飲み込まれていた。
 レヴィナスの手に握られていたのは、何やら珍妙な文字と模様が不規則に並べられたお札。それは闇を消去しきるまで光を放ち続ける。
「反魔術……、いや、術式消去だと!? それにそれは、カグラの……!」
「は、何だって?」
 闇が消えれば、光も消えた。再び訪れた夜の静寂の青。意味を果たした札は、月明りの中に、灰となって溶けてしまった。
 確かに今の札はカグラのやつから大枚叩いて買った虎の子だけど、どうして奴がそれを知っているのだろう。
「……ふふっはははは! なるほど、そういうことか! はっははははははは!!」
 と、不意に高笑いを響かせるウィキット。三人とも呆然とした表情でそれを見つめる。
 その声は部屋中に反響して実に煩いのだが、それ以上に、その唐突さへの驚きの方がよっぽど勝っていた。
 痩せこけた顔を限界まで歪ませて笑い続ける。腹を捩れさせ、本当に文字通り”捩れて”、壊れた蓄音機を思わせる奇ッ怪な音波を鳴り響かせている。
 ああ、奴のその姿は、その声は、何故もここまで人を嫌悪させるのだろう。
「ははは……。いや、すまないね。やっと理解したところなのだよ。ああ、ならばそうだ。今はまだ時期ではないのだろう。君達も彼女も、今日のところは見逃すこととしよう。それでは失敬するよ、実力を伴わぬ雑魚共を相手にするのは、実に面白くないだろうからね」
 そう言うだけ言うと、奴は肩にかけていたマントを翻す。漆黒のマントは闇に溶け、奴の姿もそのまま消失してしまった。
 さっき攫われていた女性は、どうやら塔の上に寝かされているようだ。戦いが終わった今、彼女の寝息が下にまで響いてくるのだから無事なのは間違いない。
「よかった……」
 本心からそう漏らし、レクは再び眠りについた。
 駆け寄ってくる足音、塔の中に入ってくる大勢の声。ああ、やっと増援が来たんだな。これでもう、全部解決するのだろう。本当に、良かった――

 


 そうして気が付けば、レクはベッドに寝かされていた。体はまだだるいけど、うん、もう動く。
 身を起こし、ベッドに座って自らの体の調子を確認する。真っ先に気が付くのは、全身にぐるぐると巻かれていた包帯か。
「体の傷なんて大したこと無いのに。それにこの巻き方、すごく下手くそだ」
「悪かったな、どうせ手先は不器用だ」
 レヴィナスが窓辺に立っていた。夜の空を見上げ、月の光を浴びて悠然と佇んでいる。
「あ、え、これ、お前が」
「まずは状況確認。奴に囚われたあの女の人は無事。外傷はあるけど死に至るほどじゃねーし、後遺症も殆ど残らねーってよ。んでもってここは『銀歌の三ツ星亭』。アンタがぶっ倒れたからリドに運ばせた、他の奴らはウィキットの行方を追ったり、あの塔を捜査したり、残党を探したり。人手が足りなかったから手当ては俺がした。治癒魔術は苦手だから、とりあえずできる範囲でやってみた。それに関しては独断だ、迷惑だったんなら謝る」
「え、あの、えっと、ありがとな。迷惑なんかじゃない」
「そっか」
 早口で説明を終えると、後は黙ってしまった。だがレクは、沈黙でいるわけにはいかない。
「あのさ、ごめん」
「別にいいって。これも仕事の内だしよ」
「いや、オレの手当てとかのことじゃなくて、いや、それもありがたいんだけど、……あの時、勝手に突っ込んじゃったから」
「…………」
「あのさ、オレ、気が付いたよ。いや、最初から気が付いてた。目を逸らしていただけで。えっと、上手に言えないけど、その……」
「……言えねーってのに、無理に言う必要ねーだろ。自分でわかってりゃ、それでいいんだよ」
 レヴィナスが振り返る。窓から差し込む冷たい光に照らされたその顔は、昼間の憮然とした表情とは違う。暖かくて、柔らかさが滲み出るような。
 こいつはずっと不機嫌そうな顔してるから、不意に見せられたそんな暖かさは、なんだかとても、心に響く。
「……昔さ、俺もそうやって教えられたんだよ」
「え、……?」
 レヴィナスはゆっくりと歩いてくると、レクの隣に腰を下ろした。そしてそのまま、遠くを眺めるようにしてその思い出に浸る。
「またそいつがおかしな奴なんだよ。そいつはな、本当に『無償の愛』を持ってたんだ。ただ、放っておけない。ただ、見過ごせない。それで他人がどう思おうと構わない。ただ自分の思うように行動して、そして自分に向けられる想いは全部受け止めた。そんな姿を見て、理解できたんだ」
「……それって?」
「なんてこたねーよ。ただ自分のしたいようにすればいいんだ。それに見返りを求めることはできないし、しちゃいけない。善意かもしれない、悪意かもしれない、自分の行為に返ってくる感情が何かなんてわからない。だから、ただ受け止めればいい。自分にぶつけられる想いをちゃんと受け止めることができるなら、もうそいつは大丈夫なんだ」
 そして同じようにゆっくりと、レクに顔を向ける。その顔はまた憮然としている。けど、それは以前と同じでは無い。その中には、親しみの心情が込められている気がする。
「誰かを守る覚悟を持つなら、誰かに守られる覚悟も持たないといけない。誰かを救う覚悟を持つなら、誰かに救われる覚悟も持たないといけない。人と繋がるっていうのは、そういうことだと思う。ただ与えるだけでも、ただ享受するだけでも、そんなのはダメなんだ」
 そうか、彼は心配してくれているんだ。オレよりもずっとひ弱な体をしている彼は、こんなにもオレのことを考えてくれている。
 それは、オレがお前と同じだったから?
「さーな。どうも俺は、自分の感情を量るのが苦手らしい。だからもう考えないことにした。勝手に体がそうしてるんだから、きっとそれは単純な話だ、やりたいからやったんだよ」
 それだけ言うと、レヴィナスは立ち上がった。こつこつと足音をならしながら扉の前まで行き、
「あと、一つだけ」
「……なんだよ?」
「アンタさ、もっと自分に自信持ちなよ。その身体を手に入れるのにどれだけ苦労したか知らねーけどよ、それは並大抵の努力じゃ無かったはずだろ。努力が必ず報われるとは限らねーが、少なくともアンタのそれは、アンタを裏切っちゃいない」
 じゃあな、と後ろ手をひらひらと動かしながら部屋を後にした。
 かつて二度そうしたように、レクはその背中を呆然と眺めていた。
 その心にある感情だけが、かつてとは違う。それは絶望では無い、希望と呼ぶべきものだった。

 


 次の日も、レヴィナスとリドは普段と変わらず起床した。普段と変わらず軽い運動をこなし、普段と変わらずカウンター席で食事を取ろうとする。
 まず第一に普段と異なるのは、モーニングの客で賑わう店内で、二人は少しだけ豪華なセットを頼んだことだ。
 凶悪犯・ウィキットと接触しただけでなく、戦闘までこなしてみせた。彼らがそうして得たその情報たるや、破格の価値が付くのは当然。おかげで、カグラから消費した分の術式消去の札を補充してもお釣りが来るくらいの臨時収入だ。ならば、たまにはこんな贅沢も悪くはない。
「んー、おいしー!」
「ありがとうございます、リドさん」
「うん、うまい」
 料理の味にはてんで頓着しないレヴィナスをも唸らせるほどに、その料理は完璧だった。ふわふわでとろとろなチーズオムレツ、噛めば肉汁の溢れる自家製のソーセージ、今朝届いたばかりの野菜は『保存』の魔術がかけられていたから実に新鮮。トーストの焼き加減も完璧、それに塗りつけるバターとジャムの相性もまた完璧だ。
「ダイチさん、ホントにレストラン開いちゃえばいいんじゃねーのかな」
「ありがとうございます。ですが今のままの生活も、私は気に入っているのですよ」
「レヴィ、おか……」
「おかわり無し」
「う!?」
「高い買い物したんだから、量については我慢な。ほら、顔汚れてるぞ」
「うー、うー……」
 リドに泣きそうな顔をされるとレヴィナスの心はとても痛むのだが、そこをあえて無視する。何しろリドに好きなように食べさせると、全く際限が無くなってしまうのだ。野生の犬は数日間物を食べなくても大丈夫なように食い溜めをすると言うが、正にそんな感じ。店の食料全部食い尽くしてダイチを泣かせるような行為は、レヴィナスは止めるしかない。
 と、食事の最後は結局普段の風景が流れていたところに、
「……おはよう」
 第二の異常が起きてきた。レクは昨日と同じとんちんかんな服装で、だだをこねるリドを嗜めていたレヴィナスに詰め寄る。
「よう、レク。体は大丈夫か?」
「ああ、おかげでピンピンしてるぜ。ありがとな」
 ダイチと挨拶を交わし、リドともぎこちなく挨拶する。そうしてレクはレヴィナスの、リドとは反対側の席に座った。
「……なんだよ?」
「お前さ、どうして昨日の夜、オレを助けに来たんだ? 増援が来るまで行かないって言ってたのに」
「それは……」
「やりたいことをやった、なんだろ?」
「……それもあるけどよ、俺は勝算の無い戦いはしねーよ。ギリギリまで増援が来るのを待ってから行動に移した。相手の戦力は未知数だったが、子供が二人で突入したところでまともに警戒されることもないだろう、って判断した。少しの間なら耐えられるだろーってな」
「うんうん、やっぱお前はそうじゃなくっちゃな! ……オレ、決めたんだ。自分にとって一番いい選択は何か、自分が一番すべきことは何か」
 ……それはいいのだけど。
「自分から与えるだけじゃダメだ。与えることも、与えられることもする関係、それが人と人の関係。けど、与えられるものに一方的に期待してもいけない。そして何より、努力はいつか実を結ぶんだ」
 努力は必ずしも報われないって言ったと記憶してるんだけど、まあそれは置いといて。
 ……何故こいつは、俺の手を握っているのだろう。
「そう、つまりオレはそういう関係を築くべきなんだ! そこにこそオレの居場所がある! そして、オレはそれを最初に教えてくれたお前とそうなりたい! ていうかもうぶっちゃけ、それは目から鱗っていうか心が洗われたっていうか、要するに!! レヴィナス、オレはお前に惚れたー!! 好きだー!! んでもって、愛してるー!!」
「は、え、は……、はああぁぁぁぁぁああああ!?!?」
 レクはぶちまけるだけぶちまけると、レヴィナスに思いッ切り抱きついた。
 店の客の視線が二人に刺さる。リドとダイチは、何が起こっているのかわからずに固まってしまった。
「な、何考えてやがんだバカ野郎がああああッ!! だれが恋愛しろって言った、ていうかそもそもなんで恋愛の対象が俺なんだ!! 男だぞ俺は!!?」
「こういうことだよ、『やりたいことをやる』」
「あああッ、クソッタレ!! 最初に見たときからバカだバカだとは思っていたが、まさかこれほど心底どうしようも無いバカだとは!! つーかとっとと離れろ、バカ野郎がーー!!」
「……!! だめだめ、だめーー!! レヴィにだきついちゃ、だめーーー!!」
 初めは呆然としていたリドまで二人の間に割って入って、店の中はもうとんでもない大騒ぎだ。
 少年が少年に求愛して、大声上げて大喧嘩。これで驚かない人間が、どれほどいるというのだろう。
「……えーっと、えー、何が起こっているのでしょう……?」
 未だに状況を飲み込めていないダイチが忘我の状態から目を覚まして3人を宥めるまで、この騒がしい喧騒は決して止まないのだった。






 

































































































































































































































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